1983年、オペラ『カルメン』の著作権保護期間が終了し、時を同じくしてたくさんのカルメン映画が作られたという。本作はそのうちの一本であるが、事実『カルメン』のストーリーをなぞりつつも、まるで、そのストーリーのなかに観衆を引き込むことを恐れるかのように、どこか茶番じみたまま幕引きを迎えるだろう。またそれを強調しているのが、ストーリー進行とはまったく関係のないベートーヴェン(ビゼーではない)を演奏するシーンであり、たびたび挿入されるこのシーンによって、カルメン物語は無残に切り裂かれてゆく。そして、知らぬうちに演奏家のなかの一人、ミリアム・ルーセルの登場を心待ちにしている自分に気付くはずだ。デーメトルス扮するカルメンの凍えるような美しさ、開放的なあるいは拡散してゆく刹那的な生き方にわれわれはつよい不安を感じつつ、それとはあまりに対照的な、凝縮的な作曲家であるベートーヴェンを演奏し、ミスタッチを繰り返すミリアム・ルーセルに確かな安心を感じるだろう。この動と静の対比、物語と非物語の対比が、この映画に単なる『カルメン』ではすまされない強度を与えている。JLGは、カルメン(物語)に死を宣告し、そしてミリアム・ルーセル(非物語)に生を与える。いや、殺されたはずの「(ステレオタイプな)魔性の女」カルメンに最終的な(救済を意味するかもしれない)死すら与えないことによって、カルメンが生きていた証すら与えない。これは、当時数多く作られた、あるいは今後作られるであろう「映画カルメン物語」への映画の側からの批判でもあっただろう。
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監督:JLG
製作:ドレミファソ、サラ・フィルム、JLGフィルム、アンテンヌ2
脚本・脚色:アンヌ=マリー・ミエヴィル
撮影:ラウル・クタール、ジャン・ガルスノ
録音:フランソワ・ミュジ
音楽:ベートーヴェン(プラット弦楽四重奏団)、トム・ウェイツ
出演:マルーシュカ・デーメトルス(カルメン)、ジャック・ボナフェ(ジョセフ)、ミリアム・ルーセル(クレール)、クリストフ・オダン(ボス)、JLG(ジャン伯父さん)
1982年/フランス/85分/カラー/スタンダード/35ミリ