坂本龍一『スムーチー』

music
2000.08.25

愛撫。久々に聴きかえしている。

このアルバム製作の直前、スランプに陥ったと坂本龍一は述懐していたと思う。POPをテーマに据えることの困難が、そうさせたのだと思うし、この道は出口のない道であるようにも感じられるが、それでもこのアルバムはまだ開口を備えているかもしれない。オイディプスを乗り越える瞬間だけ輝く滅びの美学。甘すぎるくらい甘い。むせ返るような、窒息しそうな甘い薔薇の香り。快楽の波(メロディ)に身をゆだねて、波間を漂う。官能。堕落。デカダン。あらためて思うが、坂本は、歌がすきなのだろう。ただ、過剰にその快楽性を感じてしまって、手が出せないでいた。歌うことは、人間にとって至上の快楽なのだろう。坂本の音楽は、元来禁欲的だったと思う。ドミナントから、トニックに行きたがる欲望をことごとく否定し、しかし、トニックの周囲を、嫌悪しながら、一方では憧れながら、さまようオイディプスのように。ロマン主義に至るぎりぎりの距離の狭間で、オイディプスは恐るべき罪を繰り返す。しかしとうとう、その距離を、乗り越え、快楽と結合し、純然たるピュイサンスを創造する。だが、このエクスタシー〔合一〕は、その瞬間を過ぎればただの惰性に過ぎなくなる。あるいはただの近親相姦になる。それを承知の上で味わうべきアルバムである。

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1995.10.19/FOR LIFE(gut) FLCG-3015
M1: 美貌の青空
M2: 愛してる、愛してない
M3: Bring Them Home
M4: 青猫のトルソ
M5: Tango
M6: Insensatez
M7: Poesia
M8: 電脳戯話
M9: Hemisphere
M10: 真夏の夜の穴
M11: Rio
M12: A Day In The Park

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