文学、それは恐るべきものである。なにしろ、文学は、ネーションを作ってしまったのだから。その意味で言えば、あるひとつの文学的なものが、ネーションの胎動とともにあらわれ、そしてネーションの老化とともに消え去る運命にあるのもまた必然であるし、また、そのような時期の文学が、想像を超えてわれわれの戦慄を誘うのも畢竟、当然のことである。とりわけネーションの胎動からその形成まで、おそらく日清・日露戦争前後の富国強兵体制から第二時大戦における総動員体制の完成までの時期の文学作品が、異様な強度を持ってわれわれに迫ってくることを指摘しないわけにはいかないだろう。真に内在的なネーションの形成などありはしない。つねに戦争が、つねに敵国の存在がネーションを可能にしてきたのである。にもかかわらず、文学は、まるでそうした外部とはほとんど無関係に内在的な強度を獲得していることを、どのように考えればいいのだろうか。ネーションと、文学とのこうしたズレについて、いかような解釈が可能なのだろうか。
たしかに、文学は、どうあがいてもロマン的なものとは切り離せない。読者という対自的な他者に向かう、主観の超出以外のなにものでもないからである。その意味で、文学が内在的な運動であることは言うまでもない。だが、ここでいう内在的な強度は、けっしてそのような意味にかぎられるものではない。内在性とは、書き手から読者への、書き手の主観の超出のようなものではなく――そのような運動であるかぎり、実は暗黙に外部が想定されているのは明白である――、あくまで、書き手や読者など無関係に作品が存在してしまうという、そういう意味での内在性――単独的な内在性、すなわち強度でなければならないはずである。そうした強度のようなものが存在するのであれば、たしかに、それはネーションとは違う。ネーションが依然としてカント=ヘーゲル的な枠組みの中にとどまるのであれば、文学はスピノザ的平面を占拠する偉大なダイアグラムを形成している。ダイアグラムとは、あらゆる構造を区別しつつ還元するあるひとつのスピノザ的平面において実現されるものである。逆に言えば、ダイアグラムを形成するもの、それは文学でありうる。文学作品は、そのような平面において、まさに「歴史」と呼びうるさまざまな強度を地政学的に分配していく。強度の歴史学、というような言葉がありうるとすれば、そこで重要なことはもはや歴史ではない。重要なのは強度であり、その地政学的な配置である。そうした配置こそが、ネーションであってネーションでない、つねに新しい共同体の形成を可能にする。そうであってみれば、現にあるネーションとて、そう簡単に見捨てるわけにはいかないのである。