文学は批評的なものであるという言葉は、戦後によく聞かれるようになった。それは間違いではないが、正しくもない。たとえば、ハイフェッツの
“Criticism does not disturb me, for I am my own severest critic. Always in my playing I strive to surpass myself, and it is this constant struggle that makes music fascinating to me.”
(批評がわたしを煩わせることはない、というのもわたしが自身に対するもっとも厳しい批評家だからだ。…)
という言葉は、芸術が批評というものと切り離せないことを、よく物語っている。だが、芸術の本質は、批評にはない。芸術がその真の力を発揮するのは、ひとを思いとどまらせる《ブレーキ》ではなく、ひとを鼓舞する《アクセル》としてである(ハイフェッツがいうように、芸術は両方とも有している)。彼にとっての批評とは、高みとは逆に引き絞られる弓弦と同じで、さらなる高みのためのアクセルであるし、芸術そのものが、そういうものなのである。文学も例外ではない。
文学と批評が結び付けられるとき、そこにはたいてい、「無力」な思想があり、暗黙にか無自覚にか、典型的な「力」である《政治》との対比がある。だが、こうした芸術思想に意味があるとしたら、政治がアクセルを吹かしているときだけだろう。もはや惰性でしか進まなくなった政治に対して、「無力」な芸術が意味をもつことはなくなるのはもっともな話だ。
文学が批評であると語るのは、主に批評家である。だが、それならはじめから芸術など必要ない。批評家だけが存在していればよいのだし、戦後の批評家の空しい勝利は、きっとそのことを意味しているのだろう。だが、わたしは、そんな芸術思想は誤っていると感じる。芸術はブレーキしかもたない片輪の車ではない。政治の補完物ではない。政治からは独立している芸術は、当然、それ自身が、もっと別種のアクセルを有している。政治が迷走をはじめたとしよう。エンジンが空回りをはじめ、ついには最期の惰性がはじまったとき、いったいわたしたちはなにに賭ければよいのか。政治にか。経済にか。ちがう。すでにそれらは迷走を始めているのだ。そんな思想はまちがっている。こうなったとき、われわれのうちのどこに、《意志》を探せばよいのか。
芸術とは、アクセルだと思う。それも、政治とは異なる類のアクセルなのだ。芸術は、わたしたちを、「政治」とはちがうもうひとつの政治へと導く。芸術は、本当になにものかを変えようとして行なわれる。つまり、《権力への意志》を有する。
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《権力への意志》は、このうえなく健康なもので、そして稀有なものである。権力を維持している(ストックしている)者のことを考えてみればよい。読者を驚かせることになるかもしれないが、権力を維持したい者たちにとって、権力への意志を手放すことこそが、そうするためのもっとも確実なやり方なのである。そのことは、戦前の日本の政治家や戦後の自民党の政治家をみればよくわかる。彼らは、権力を維持するためなら、喜んでその意志を天皇やアメリカに預けてきた(そして共産党や社会党の政治家は自民党に)。彼らは、権力への意志を手放すことこそが、権力を維持するためのもっともうまいやり方であることを知っているのである。「わたしは権力など望んではいない」というわけだ。
もっとも健康な政治家とは、権力を意志する者である。たとえば、小沢一郎がそうだ。意志しているがゆえに、批判にさらされる人間であるが、同時に健全である。手放すことでそれを維持してきた自民党の政治家やマスメディアには、運動失調症か神経硬化か血迷い以外のものを感じない。彼らは国民から受けとった権力を片っ端から他人に譲渡し続けた。天皇に、アメリカに、そして官僚に(そして共産党や社会党は自民党に)。というか、二〇世紀における「官僚」とは、誰も受けとろうとしない権力の流れの行き着く先の名であった。サブカルもまた然り。彼らは自分たちが権力をもたないと言う。下に立つものだと言う。それも、そもそも芸術とはエンターテイメントである、という結論を用意しながら、だ。しかし、どこの世界に、彼ら以上に権力を握っているものがあるか。古い政治家にせよ、古い権力にせよ、昨今の「民主的」芸術思想にせよ、彼らが欲しているのは、権力を預ける者であって、権力を意志する者ではない。あのヘーゲルでさえ、こう言ったのだ、「哲学は灰色に灰色を塗り重ねるだけで、ミネルヴァのふくろうは、黄昏時に飛び立つ」と。彼は、そうすることで、権力への意志を手放しているのである。
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芸術もまた、政治とは違う形で、権力を意志する。政治の欲する権力が、光やその影であるとすれば、芸術が欲するのは、色彩である。ひとは、本当は権力を意志せねばならないのに、そのことを知らないのだ。
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