表現する、とは、内面を抹消すること、つまり内面を皮膚として扱うことである。こうした表現世界において、芸術は極大の価値をもつ。政治にせよ、学問にせよ、経済にせよ、それらが皮膚において生じているかぎり、芸術はそれらと同じ場所を占める、ということができる。
それどころではない。芸術は、むしろひとを政治や学問や経済活動に導くための、教育的役割を担うことになる。内面世界の葛藤から若者を救い出すために、芸術が存在することになる。
芸術はひとの活動を批判するブレーキの役割を果たすのではない。むしろ深い懊悩のあげく無為に陥った若者にふたたび行動を促すアクセルとなる。歴史は振り返ったときに現われるのではなく、若者の軌跡がそのまま歴史となる。
わたしの望みは、そうした芸術が生まれでる根底を作り出すことであり、振り返って色を「空」とみなすのではなく、「空」をさまざまな色彩を可能にする未規定な卵として捉え直すことである。
なにゆえ、文学者が知識人たりえたのか。この不思議な事実は、芸術こそ、ひとを真の社会に、あるいは歴史の活動に招き入れる教育者だったことを意味している。彼らは、いちはやく芸術のアクセルを得て、気づけば社会の先頭に立っていたのである。
わたしが幸いだったのは、文学が虚構であり、むしろ理念と現実の本来の分離を示すために存在すると見られていたときに、歴史はまだその観点からは無垢だったことである。歴史は、依然として「真実の物語」だった。
歴史もまた虚構であるという波が、すこし間をおいて襲ってきた。わたしもまたその波に飲まれた。カント的認識論者としてその場をやり過ごそうとしたが、それは、現実に藻掻き苦しむ自分を糊塗する背面世界論に逃げ込んでいただけである。
なぜひとは、言葉の失敗のほうを言葉の本質とみなしたがる癖をもっているのか。演奏家は、音楽の本質がミスタッチにあるなどとは考えない。失敗するのは演奏家であって、音楽は演奏家が失敗したかどうかとはおかまいなしに、音を出す性質を持っている。言葉もまた、そういうものだ。
言葉は失敗などしない。言葉はちゃんと外に飛び出し、現実に触れるのだ。そうでなければ、歴史が存在していることの意味を説明できなくなる。そして、そのことを、言葉を疑ってかかる歴史家は知らない。そのことを知っているのは、むしろ一部の文学者たちである。
いま、どれほど無垢な芸術家がよい作品を残そうと、この社会では虚構に寄与することしかできない。無数の傑作が紡ぎだされても、その瞬間に、社会のほうが糸をほどいてしまう。彼らはいう、色は空(くう)にすぎない、と。だがわれわれは、空(そら)から色が生まれると答えなければならない。
今日の社会は、ジャーナリズムの嘘と、芸術の嘘とを区別できない。結果的には学問でさえ嘘の領域を占めることになり、現実の領域は狭まり、かつ無味乾燥なものになっていく。芸術を虚構に配分しようとする分割線が、この結果をまねていていると、わたしは思う。
現実を豊かなものにするため、芸術を味方に付けたい。嘘の世界ではなく、真理の世界に引き入れたい。週末の非現実のなかで芸術を楽しむのではなく、現実を芸術的なものにしたい。漱石は嘘の世界からやってきて芸術を奪っていった刺客だが、彼でさえ、結果的に芸術を真理の世界に残したことを喜びたい。