前にいったように、最近はずっと湯川秀樹のアルシーヴに塗れている。生々しく殴り書きされた古ぼけた紙に、「β崩壊」であるとか、「相互作用」であるとか、「宇宙線」であるとか、あるいはその他諸々の数式であるとか、そういうわけのわからない用語をみつけては、ひとり勝手に興奮している。そうして興奮しているうちに、中間子の存在を予言した、一九三五年の論文「素粒子の相互作用に就いて」が、きわめて刺激的なものであることが、だんだん感じられるようになってきた。
もちろん、読んでも細かい部分はまったくわからない。だが、彼はいろんな形でわかりやすくそれを説明している。原子核を構成する陽子と中性子とを結びつける力がどこからきているか、それを彼は宇宙線に含まれる「中間子」であると理論的に予想したのである(宇宙線に含まれる中間子と、湯川の論じた中間子は今日では区別される)。彼は、それが光子のような、質量をもたない純粋なエネルギーの塊りであることをにべもなく否定する。そしていう。
それは勿論光子といふやうなものでないのであります.その単位になります粒子はある一定の質量を持つて居るものでなければならないと云ふことがいへるのであります.光子と云ひますものは,勿論電気を持つて居らず,質量も持つて居らないものであります.今度の場合さうはいかないのでありまして,どうしても或る質量を持つたものでなければいかない.
湯川秀樹「中間子に就て」、137頁(1)。
わたしには、どうしてこの断言が可能なのか、この断言の強さがどこから来ているのか、よくわからない。そして、誰かがそれを理論的に説明してくれたとしても、まだわからないと言うだろう。この、ひとをはっとさせる清新な断言には、どうも無根拠なものがあるように思えてならない。だが、この断言の力強さがなかったために、多くの科学者が、陽子と中性子を強力に結びつける核力の力を「中間子」に見いだすことができなかったのではないか……。もちろん、どこをどうみてもわたしは門外漢である。的外れなことを言っているだろう。だが、無理解を承知で蛮勇をふるっていえば、どうしても、この断言に鮮やかすぎる《文学》の力を感じてしまう。そしてわたしを次のような妄想に誘う。
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たとえば、こういうことがある。通路を横切りざまに、ある絵画を目の端に見止めて、男はふと立ち止まる。誰かに呼び止められた気がして、どうしてもそこで立ち止まらざるをえなかったのだ。その絵は――たとえば、フェルメールだったとしよう。あるいはカミーユ・コローでもいい。彼は、フェルメールか、あるいはコローの前で息を飲み、そして立ち去り難い稠密な空気に包まれて、その場から離れられなくなった……。
いったい、彼とこの絵画を結びつけている力はなんであるか。それは、まちがいなく、「美」であろう。しかし、その「美」は、たんに光を見るという、そうした非物質的な認識の問題なのだろうか。わたしは、この問題になら、湯川がそうしたように、迷わずこう断言することができる。たんにものを見るということよりも、何百倍も強い力をもったその経験は、どうしても、《質量を持つて居るものでなければならない》と。それは、電気的なもの、したがってたんなる光のようなものとは本質的に違う体験であり、質量のない「光」ではなく、重さをもった、おそらくは電子の二〇〇倍の質量をもった、粒子でなければならない。
対象と鑑賞者のあいだに引かれた緊張の糸を、認識の問題に還元するかぎり、「美」は光学的な問題にしかならない。物質性を欠いた色彩のパターンが、鑑賞者の文化的なパターン、要するに共通感官(常識)と一致した、という実証主義や構造主義にすぎなくなってしまう。もちろん、そこに歴史を差し挟んで「弁証法」を起動させても、視差や差延を導入して「脱構築」したとしても、結局は「美」を人間の側に還元しているかぎり、同じことである。それは、見る、あるいは感覚するということを説明はしても、美についてはなにも説明していない。だが、湯川が陽子と中性子とのあいだにもうひとつの粒子を認めたように、そこに別種の粒子の存在を認めるなら、それはもうヘーゲルであることを超えている。わたしならそう考える。つまり、美とは、なにがしかの質量をもった、粒子なのであって、それは、作品に寄り添いながら、自然界に現実に存在しているのだ、と。そして美そのものが粒子となって現実にあふれ出し、降り注ぐような空間こそが、最高度に磨き上げられた《文学》的思考の駆動する場所なのである。すなわち、美しい言葉(パロール)は、質量をもつ。
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湯川はいう。
中間子といふものは非常に短い時間の間になくなつてしまふ.先程申しましたやうに極く短い時間の間に,電子と中性微子とに分れてなくなつてしまう,自分自身は消えてしまふと云ふことが推定されてゐたのであります.
同前、141頁。
湯川によれば、一九四三年のこの時点で、中間子の寿命は二/一〇〇〇〇〇〇秒から三/一〇〇〇〇〇〇秒と推測されていた。つまり、この短いあいだに、中間子は文字通り消え去るのである。そしてわたしは快哉を叫ぶ。美もまた、同じ寿命をもっているにちがいないと妄想するからだ。われわれが消え去るものに美しさを感じるのは、そもそも、美が消えやすいという性質をもっているからだ。われわれの前から消えるから美しいのではない。美しいものは、たんにわれわれとの直接的な関係なしに消えやすいのだ。
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わたしの迂闊な発言が湯川の名を傷つけることがないように何度も断っておくが、これは妄想であり、彼の実質的な議論とは無関係だろう。ともあれ、フェルメールの絵画に美を確信していた彼は、いまは、その確信が泡と消え去ってしまったことに、絶望しているかもしれない。あれは、フェルメールがみせたまぼろしであり、そしてもっと悪いことに、わたしの認識が見せたまぼろしだったのだと、そう思うようになる。まぼろしであることを括弧に入れて、ただ美が存在する「かのように」みなすとき、芸術作品が現れるのだ、と考えるようになる。
しかし、もっと別な風に考えているかもしれない。美は、たんにあるのでもなければ、ないのでもない。ただ、消え去りながら存在するのだ、と。そしてひるがえって、自然界に実在しているあらゆる物質が、消え去りながら存在しているのではないのか、と、そう考えるようになる。いずれは死を迎える肉体と、消え去る美のどこに、ちがいがあるだろうか。美もまた、原子核であるわれわれと同じように、しかし原子核とはすこし違った形で、つまり猛スピードで生きているのだ、と考えるようになる。美とは、コミュニケーションを可能にする真の力だ。ただ途方もない彼方に消えやすいだけで、それは、実際に存在している! シンプルで強力なこの思考が、《文学》を可能にする力である。この《文学》の力は、一九三〇年代にはたしかにまだ生きていた。古い物理学者のアルシーヴに塗れながら、わたしはそんなことを考えて、ひとり幸福な気分に耽っていたのだった。
【註】
- (1) 『物理化学の進歩』第十七巻第五輯(昭和十八年九月)所収。昭和十八年六月十二日、京都帝国大学化学研究所にて行なわれた講演会の講演を記録したもの。