独断論や決断主義の批判が懐疑論や相対主義を生むのであってはならない。結局、ひとは独断を迫られる。ゲーデルやピュロンの死をみれば、無限の懐疑がいかに衰弱を生むかわかるはずである。
自分ひとりいい気になっているといわれたこともあるし、なにか難しすぎることを考えそれをひとにも要求しているといわれたこともある。それらの批判はいまでもわたしの大切な力である。しかし、わたしはこれからも自分の道を行くだろうし、難しく考えるのをやめないだろう。
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